10月12日 (金)  被災地支援って、結局のところ自己満足なのですかね?

昨日辺りの朝刊を見て、目が点になった・・・。
「またか・・・」と。

某大手新聞社が某イベントを主催していて
そこで「ハンドメイドでチャリティーして被災地支援!」するそうで・・・。

正直、またか・・・と思ったのは言うまでも無く・・・。すみません。
冷たいように思えるかもしれませんが、はい冷たいです。

簡単に言うと、タダで作り手から手作りした品物を集めて、イベントでチャリティーの名の下に売るそうです。
売上は、問答無用で寄付にされるそうです。









行間を空けてみた。
そのぐらい、なんか「おかしくないかい?」と思いませんか。
思わない人は、たぶん心底心がキレイな人なのです。割と真面目にいうと、そう思います。

バザーぐらいは、まだ分かる。

客から入場料も取り、出店者からブース代も取ってるところに、値段が安くされた品物を売るのか・・・という疑問が1つ。

安い品物の中にクオリティーが良い物があれば、そっちを買うよね。

しかも売れたとしても、格安で手に入ったら、メルカリとかヤフオクで転売する輩もいると思うよ。
本来3千円で売れる物が、千円で買えて、3千円で転売したら2千円も儲かるわけです。
そこまで考えてないと思うんだ、この手のチャリティーって。



それから、その品物はハンドメイド品ということで、それを作り手から募集する・・・というか新聞広告で出してるわけで・・・。

たぶんおそらく、出店者や展示者にも声が掛けられてると思う。しないはずなかろう、あそこが。

その募集が、無償ってことなのね。
無償で頑張って作った物を提供することが前提という・・・。そんな疑問が一番大きい、私の中では。

その後、売れ残った無償提供されたハンドメイド品は、どうなるのかな?
1円だろうとたたき売りするの?
それとも、恵まれない所へ品物を寄付するの?
それとも、ないとは思うがゴミとして処分?

コンテストひとつ、作品をまともに扱えない主催者がチャリティーだ!被災地支援だ!というのは、もうね・・・呆れる。

呆れて物が言えないことはなかったから、書いちゃっているが、その募集に乗っかる人は、自分の品物がどうなってもいいって覚悟の上で出さないと、本当に悲しい気持ちになることもありますよと書き残します。

別に嫌がらせでは無い。

本当に家を流されて、資産も思い出も流されてる人達や、貸し剥がしもある人達の前に行ってみて・・・と思う。
見物はダメだが、片付けのお手伝いのボランティアしてみてほしいよ。
・・・いや、安易に行かない方がいいかもしれない。
宗教や政治団体とか変な人も紛れていますから、自分が守れない人は行くだけ危険かも。
それに、回復はしつつあり、ボランティア募集も減らしたり、制限をかけているので、緊急度は低くなっている。

自治体によっても、行政からの支援の格差がある。
ボランティアに行ったところで正直、その困ってる人達に何も出来ないんだよ。
「頑張れ」とか気安く言えないよ。
「頑張れ」と声を掛けた後に、シマッタと後悔するぐらい、本当に困ってる人達は必死なんだよ。
もちろん泥をかきだし、運搬することを繰り返すことなど、助かった人も大勢居るのは確かです。


今回の、その広告を見て・・・
作り手を馬鹿にすることもやめてほしいと思うし、
ましてハンドメイド品を無償で集めることが本当の意味でのチャリティーなのか?

新聞社なら、もっと他にやることあるだろうって思うわけです。
新聞社の事業団の腹は痛まない。事業部にしても、イイコトヲヤリマシタという実績にはなるでしょうけど、それって本当にイイコトなのかな?

いい大人がすることって、ここまでアレなのかな…と朝刊を見て驚いた次第です。

そりゃあ・・・中には「こういう事じゃ無いと支援できないじゃない!」というけど、よくよく考えてみて。
岡山県の中や、被災県の中の人は、それなりに困ってる人、店、多いと思うよ。
普通にそういうところで普段通り買い物をちゃんとすればいいんですよ。
余裕があるなら、そのおつりをちょっと寄付すればそれでいいんだよ。

無理にさ、タダで集めたチャリティーに支援する必要があるのか?と思うし、そもそもその手の支援ってよその県でもトラブルになってるらしい。

手作り=愛情と思ってる人なら、特に無償提供されたその後、どうされてもいいなんて思ってないと思うし・・・。

ポッと出たアイデアに乗っかって、これをやってしまうのは、どうなのかな?

お金は必要だけども、先ほども書いたけど他に何かあるだろう・・・。

−−−−−

また気持ちが回復したら、楽しいことを書けるようにしますね。

あの広告で胸が苦しくなったわ。